推しが活動休止した話
推しの声優が突然海外留学に行ったことがある。
彼は日本を発つ前、自身のブログで
「サッと行って、サッと帰ってきます。
安心してください。笑」
と残し、LAへと行ってしまった。帰ってくるとはわかっていても、「それっていつなの?」と、ファンはただ、待つしかない。
あのときを思い出した。ただ、あのときと絶対的に違うのは、帰ってくるという保証はないのだということ。
今の私の率直な気持ちを書き留めておきたくて、今この記事を書いている。
初めてニュースを耳にしたとき、正直に言って私はあまり驚かなかった。
なんとなく、いつかはこんな日が来るかもしれないと本当に漠然と考えていたことだった。その「いつか」がこんなにも早く、また現実のこととしてやってくるとは想像もしていなかったけれど。
でも、いつかはこういう日が来てもおかしくないと考えていた分、彼らの気持ちがストンと落ちてきて、理解するのに難くなかったと思う。
とは言え、私もファンである。5人でいる彼らを見ているのが本当に好きだった。彼らの決断に理解はできても、まだ納得はしたくないようなそんな気持ちである。
件の声優を本格的に応援し始めたのは2014年の春頃だった。彼が留学を発表したのは2016年末頃で、今もファン歴はまだまだであるが、それでも彼の留学は応援したい気持ちと同時に、レーベル所属声優が一堂に会するライブに彼がいないことに寂しさを感じずにはいられなかった。翌年、彼が帰ってきて初めての同じくレーベル所属声優たちのライブでトップバッターを飾る彼に心からおかえりと伝えた。
たかだか5年のファン歴の声優に対してもこうである。それでも彼はそのうち帰ってきて、また私たちに笑顔でパワーアップした姿を見せてくれると信じることができた。
私が嵐を好きになっておよそ15年。15年間、嵐だけは私たちのそばを離れない。そうであってほしい。と、思い続けてきた。
でもきっと、一番簡単そうでいて、それが一番彼らから逃げ場を奪っていたのかもしれない。
2年間の猶予を、どう捉えたらいいのか今もわからないままである。5年前に言われても前日に言われても、活動休止するというその事実だけは変わらないのならばいつ聞いてもファンの悲しみは同じなのではないか?
けれど、嵐は感謝を伝えたいと言ってくれた。ならば、私も今この瞬間から2年間かけて、嵐に感謝を伝えたい。
受験の支えになってくれてありがとう。
きつい実習を耐えるための支えになってくれてありがとう。
毎日を生きるための支えになってくれてありがとう。
大切な友人達に出逢わせてくれてありがとう。
大切な曲に出逢わせてくれてありがとう。
私を嵐に出逢わせてくれてありがとう。
最後まで寄り添ってくれてありがとう。
戻ってくるかもしれない。戻ってこないかもしれない。先のことはわからないから、私たちはただ待つしかない。
一度自由になってみて、何にも縛られていない智くんが、自然と4人のところに帰りたいと思ってくれる日が来ることをいつまでも待っていたい。
何年かかっても、きっといつかのその日を信じて私は待つ。きっと待っている間の私に生きる活力を与えてくれるのも、これまでと変わらず、大好きな嵐である。